隣に温かい温度がある。そちらを向くと、御幸が何も纏わずに眠っていた。
昨夜のことを思い出させる光景に思わず目を覆いたくなるが、一番それをしてはいけないのは他ならない沢村自身だ。
穏やかに寝息を立てる御幸を覗き込む。凛々しい印象を与える顔が今は少し幼く見えた。肌には微かな赤い跡が残っており、右手は沢村の左手をしっかりと握っていて、離れない。
こんなにも近くにいる。そう実感すると胸が震える心地がして、たまらず抱きしめた。
緩く開いた唇に口づけてみる。御幸が目を覚ます気配はない。勢いづいて何度も繰り返す。そのうち温かいものが頬を伝っていた。
とめどなく込み上げる愛しさに、どうしていいのかわからずただひたすらに御幸の名前を呼ぶ。
再び身を横たえて御幸に寄り添うと、小さな呼吸のリズムが沢村をゆっくり眠りに誘っていった。



目を覚ますとそこに御幸はいなかった。シーツの上に温もりの残りを探しかけ、時計に目が付いて飛び起きた。
部室に着くと御幸が一人で着替えていた。沢村程ではないにせよ、御幸もいつもより遅かったようだ。
それなら、まだシーツは温かかったかもしれない。どうしようもない考えを沢村は浮かべる。
「はよ」
声に、反射的に頭を下げる。ちらりと見えた御幸の身体の跡に、今日が昨日の続きなのだと実感する。
でも、何かが違う。薄皮一枚隔てたように、今の御幸は、遠い。
たまらなく不安になって伸ばした手は、ちょうど御幸が背を向けたため、届くことはなかった。
「……っ、くぅ」
「どうした?」
御幸が振り向き、そのままの姿勢で止まる。
「俺っ……! 俺悲しいんだ、悲しくて悔しいんだ、アンタが」
言葉の続きは、喉が熱と痛みを訴え、形にならなかった。
それでも、御幸の茶色い瞳が沢村を見つめていて、沢村は必死に自分を叱咤する。
「アンタが、どっか遠くにいるみたいで」
御幸は目を見開き、次第にその表情を曖昧な笑みへと変えた。悲しむような、慈しむような。
言葉を探して目をさ迷わせ、やがて沢村にピントを合わせる。
「俺も、そう思ってた」
御幸は歌うように続ける。
「悲しくて、もどかしくて、焦って、散々だった。でも、もういい。お前が、近づきたいと思ってくれてるなら大丈夫だ」
沢村は、魔法にかけられたように、言葉を紡ぐ御幸の口元を眺めていた。自分の涙が引いていることにも気づいていない。
「俺は」
俺は幸せだ、御幸の唇はそう動いた。






2010/04/10