「……あの」 「なんだよ?」 「……や、話、終わってからで」 いつからタイミングを窺っていたのか、俺の話を遮って沢村が遠慮がちに話しかけてきた。 そのくせ、答えれば黙り込んでしまう。こいつが口ごもるのは、凹んでいるか企んでいるかやましいことがあるか。 企んでいる風には見えないから、さて。 いつもの癖で分析を始めかけ、どうでもいいことかと思い直して話を本筋に戻した。 何度目かの反省会。目覚しい成長を見せているとはいえ、まだまだこいつは経験不足。 それは悪いことじゃない。これから補っていけばいいのだ。俺も全力で助ける。 ただし、上の空なのはいただけない。 「――ってことだから」 「……え、あ、はい!」 ばっと沢村が顔を上げた。声にいつもの力はない。 「さーわーむーらー。大丈夫? 話聞いてる?」 「大丈夫です!」 「あっそ。じゃ今俺がなんて言ったか言ってみ」 「う……」 あ……、とかえっと……とかごにょごにょと焦りを露わに呟いている。適当な回答をでっち上げる気もないみたいだ。 苦笑してため息を吐くと、相手は肩をびくりと震わせ口の中で謝罪した。 気力も削がれていたが、それでももう一度説明してやる気になったのは、いつになく神妙にしているからだ。 「だからな。気負うな。お前はただマウンドでふんぞり返ってりゃいいんだ」 「……」 「いや、ふんぞり返るは言いすぎだな。今の忘れろ」 沢村は俯いて一点を見つめている。ぐいっと両腕を掴んで目を合わせると、大きな瞳が瞼の間で見え隠れするのがよく見えた。 小さく頷き、やっと「はい」と言った。 「――で?」 「え?」 「さっき言いかけてたことだよ」 「あ、ああ……」 ようやく合った目線が外され、うろうろと辺りを彷徨う。 言いにくそう、かもしれない。 「あの、アンタ、怒りませんか」 「あ? 話によっちゃ怒る」 「っ」 「なんだよ、言えよ」 沢村は顔をしかめると、息を大きく吐いた。 「アンタって、野球好きなんですか」 「……は?」 愚問。日常でそんな言葉を使う機会はなかったが、これこそ愚問と呼ぶにふさわしいだろう。 こんなことを問う沢村に解せないと言えばいいのか、憤ればいいのかもわからない。 いつかも聞いた言葉だから、余計に。 「……どゆこと?」 「や、結構まんまな意味で」 「……そらお前、好きだよ。でなきゃこんな地獄みてーな部にいないだろ」 ちょっと怒ってやろうかとも思ったが、至極真っ当、そしてつまらない答えが口から出た。 当然といえば当然か、沢村は納得いかない風に首を捻っている。かわいこぶってるみたいなポーズ。 文句あるのかと睨みつけたら、うーんと唸った。 楽しくなさそうというか。沢村はぽつりと呟き始める。 「さー部活だやるぞー的な感じがないっていうか。初日も遅れてきたし」 「お前に言われたくねー」 「あっれは! 先輩の陰謀で」 じゃあなにか。わーい今日も楽しみだなーって毎日グラウンドに走ってけばいいのか。そんな、希望に満ちた入りたての一年生じゃあるまいし。 うきうきしながら行ってるかと問われれば限りなく微妙だけど。 「いやいや行ってもないだろ」 「じゃあ、乗りかかった船だから仕方なく、ってことじゃないんスね?」 「お前どれだけ失礼なこと言ってるかわかってるか?」 怒りを通り越して、軽く泣きたくなってきた。しばらくこいつの練習につきあってやんねー。向こう一週間は球とってやんねー。 それで当のこいつはしおらしい態度どころか、ほっと胸を撫で下ろす、みたいな顔をしているのだからやりきれない。 「こういうのも変だけど、よかった。アンタが無理矢理野球してるんじゃないかとか、やらせちゃってんじゃねーかなとか、色々、考えてたから」 「何、言ってんの」 何勝手にそんなこと考えてるの。言いがかりにも程がある。それに、気を回される筋合いもない。 お前は俺の何を見て、何を根拠に、そんなこと思いついたんだよ。 なんで。 「なんで、野球だったんですか」 一瞬、自分が固まったのが分かった。この天然変化球野郎、さも繋がっているかのように繋がらないことを死角から。 それで俺を測りなんて、できやしねえぞ。 ああ面倒くさい。こんな馬鹿のために納得行く理由をひねり出すなんて。 ――んなもん、そもそも理屈じゃねえだろうが。 「……そこにボールがあったから?」 するりと、抜け落ちてきたのはバカみたいな言葉。バカみたい。だけど、それが一番正しいんだ。 「登山かよ!」 例によってキャーキャー騒ぎ出した。さらにアホに見えるからやめればいいのに。 「お前の声キンとしてうるさい。じゃあお前はどうなんだよ」 「え……うーん……そこにボールが」 「パクりかよ」 「うっ」 沢村は一瞬言葉を詰まらせ、それからわかんねーよと逆切れし出した。ほら、だから理屈じゃねーだろって。 「大丈夫だよ。ちゃんと好きだから、いらん気ぃ回すな」 そう告げた途端に相手はぱっと顔を明るくして、よかった、と笑った。何がよかったんだ。 俺、そんなに心配されるほどアレなんだろうか。 「よーし、それ聞いて気合入った! 先輩、少し捕ってくれませんか」 「んー……、あ?」 ああ、そういやこいつの練習にゃ付き合わないってさっき誓ったっけ。さあ、どうしようか。 2008/12/07 |