ぽつぽつと、庭に残る跡。そこだけ、砂の色が濃くなっている。
涙が足跡代わりだ、と御幸は思う。風が強いので、小さな足跡はとうに消し飛ばされていた。
「哲先生、早く帰ってこないかねー」
「どうしたの?」
呟けば、ブロック遊びに興じていた栄純が振り向く。
「ん? 純くん可哀想だなって」
「あ、純くんいなくなってる」
「もう流石に教室じゃないかなぁ。年長さんはお唄の時間……のはず」
そう言うと同時、タイミングよく二つ隣の教室から唄が聞こえてきて、「ほら」と御幸は人差し指を立てた。
「ほんとだー」と両手を耳に当て耳を澄ます栄純に笑うと、いつの間にか足元に暁もやってきて、ちいさな首をこくりと傾げる。
「年長さんはうまいぞおー。聴いててごらん」
言って早々に、御幸はその発言を後悔した。いや、うまいはうまい、のだが。ひとつだけ、甲高い遠吠えが混じっている。
――純くんだな。
「せんせぇ、さっきいったの、ほんとう?」
あからさまな不信の目を向けてくる栄純を「泣いてなければな」といなしつつ、御幸はまた外に目を向けた。
「……ヤな天気」
重い灰色の空に顔を顰める。暫く見ていると、またぽつりと地面の色が変わる。
地面を濡らす子は今唄っている。ということはつまり。
「なにみてんのせんせー。あ、降ってきた!」
「あめだ」
外に行かないように駆け出した二人の首根っこを押さえ、御幸はこっそりため息を吐く。
こりゃあ、哲さんの帰りは遅くなるな。
それまで、あの子は平気だろうか。
「……早く雨上がるといいな」
「むりだとおもう」
「いや、こっちの話」
ピアノの音が跳ねるのを、雨が掻き消していく。
みるみるうちに雨脚は激しくなり、庭にいくつかの池を作った。
暁の言うとおりに、今日は止みそうにない。
陰鬱な空とは対照的に陽気な音色は、五度目を最後に、止んだ。
「哲さん早く帰って来ぉーい……」
自分で無茶と分かっている独り言に、乾いた笑いすら出てこない。
いつもなら然程かからない距離だ。しかし、この雨なら帰りの時間は数倍に跳ね上がる。
――混むんだよなァ、あの道。
「あーあー、大丈夫かねえ」
再び純が泣き出した声が耳に届く。
本物の空はどうにもならないから、せめてこっちの空模様だけでも、どうにかして欲しいのだけれど。
「せんせい、げんきないの?」
「せんせーいっしょにてるてるぼーずつくろっ!!」
「あ、ぼくも!」
「はいはい」
今度はロッカーに駆け出す二人をゆっくりと追う。歩幅が違うのですぐに追いついてしまったが。
せかせかとロッカーを開けた二人は、画用紙とペンを手に踊りながら唄いだす。
「てーるてーるぼーずっ、てーるぼうずー」
あーしたてんきにしておくれ、ねぇ。
――明日と言わず、今すぐにでもとお願いしたいところだ。






2007/02/25