チームメイトのことなんて、案外気が付かないものだ。
自分自身に注力して脇目も振らないくらいでなければ振り落とされる、そんな世界だ。
ときに、それで取り返しのつかないことになることもあるけれど。
伊佐敷がある異変に気付けたのは、心に余裕があったからだと言えよう。皮肉にも、敗北によって引退を決定づけられてから、チームを俯瞰で見ることができるようになった部分もあるということだ。
とても小さな異変だった。寮の一室の生活リズムが明らかに変わった。部屋割りの変更とはおそらく関係ない。
携帯電話をポケットに突っ込み、ドアに向かうと、坂井に声をかけられた。
「どこ行くんだよ、こんな時間に」
「ああ、便所」
もうだいぶいい時間だ。そしておおよそこの時間に、件の部屋も動くのだ。今まで顔までは見ていなかったそいつが誰なのか確かめてやろう、そう伊佐敷は思って出てきた。
人気のない廊下に陣取ってほどなく、ドアの開く音がした。小走りに動く人影に目を向け、息を呑んだ。
プレーは優秀で人当たりも良い――こう書くと引っぱたきたくなるけれど――ことで評判な後輩の姿がそこにはあった。
生意気なバッティングセンス、かつてマウンドで培われたメンタル、そして今、自分と同じポジションにいる。
(くそ……)
伊佐敷は頭を掻いた。
あまり騒がしいなら文句の一つも言ってやろうという意気込みはとうに消え失せていたし、かといって、自分が出て行って何かをしてやるとか、そういう場面でないのはすぐ理解できた。
そういう時期だ。折り合いを付けられるのは、自分自身だけだ。あいつがどうにかするしかない。
ただ、自分も通ってきた道が、はがゆい。
「……ファンタ飲みてえ」
どかりと腰を下ろす。財布を持ってくればよかった。
足元を照らすためだけの僅かな明かりの下で、ぼんやりと時間を潰した。どのくらいかして、戻ってきた東条を視界にとらえた。
露骨な待ち伏せに面食らった顔をしている相手に、一歩二歩と近づいていく。かける言葉なんて、ちっとも思いついていなかった。
ただ、握った拳を相手の胸にこつりと押し付け、背を向けた。
東条が深く頭を下げたのが、衣擦れの音で分かった。






2014/11/07