夕闇が迫っている。
 本格的に暗くなる前に帰ろうと足を早める。落ちた葉を踏む柔らかい感触がした。
 不意に、衝撃音が耳を襲った。学校というものは得てして音が響きやすく、ましてほぼ無人のこの時間では尚更音が目立つ。だが、それを差し引いたとしても尋常な大きさではない。
 音のした方を振り返る。が、特に変わった様子はない。それならそれに越した事はないと、再び歩みを進める。と、二度目の衝撃音がした。
 流石に訝しく思い、先ほどより音に近付いてみる。
 そこには見知った顔がいた。
「ウシロ?」
 声に気付いて振り向いたウシロは、こちらの姿を認めるとバツが悪そうに目をそらした。彼の真正面には倉庫。それで、衝撃音はウシロが倉庫を蹴る音だったと知れた。
 中学校という空間では、当たる対象がいないからだろうか。と、彼の妹の姿を思い浮かべる。
「残ってたのか」
「……ああ」
「で、ここにいるってことは用事終わったんだろ? なら帰ろうぜ」
「……鞄取ってくる」
 程なくして、戻ってきたウシロと合流した。適当に放り出したのか、ウシロの鞄はやや汚れていた。
「つっかれたあ」
 大きく伸びをする。ミシリと鳴ったのは鞄の紐か筋肉か。
「なんか目がしぱしぱしてる」
 オレが喋って、ウシロは黙っている。いつものように、役割のように。ウシロはただ黙って聞いていた。真っ直ぐ前を見ているが、それでも聞いていると、何年かの付き合いのうちに分かった。
 校門をくぐる。赤く染められていた建物たちも色を失い始め、足元のアスファルトも薄暗く、ぼんやりしている。
 ぽつり、とウシロが呟く。
「イライラする」
「え?」
「イライラするんだ」
 それきり、また口をつぐんだ。
「そっか」
 手で空を探り、ウシロのそれを見付けるとつないだ。ウシロは弾かれたようにこちらを見、また前に向き直った。
 それから、別れるところまで、ずっと手を繋いで帰った。




















2007/6/29→9/5こちらで発表
本編が始まる前の話のつもりです。が、始まってからの話にも見えますね。と反省。