ミンミンという音とは裏腹に、その声はちっとも眠気なんか誘って来ない。
耳にがんがんとダイレクトに響く蝉の声は、この場所の静寂を強調するよりもっと、暑さの方を伝えてくる。
「大八木」
相手にしては密やかなその声も、やけに響いた。
タン、タンと軽いステップで階段を昇った江戸川がこちらを見下ろしている。
夏休み。校庭は運動部で賑やかだが、校舎はしんと沈黙を保っている。
相手が拳を出すのに合わせてこちらも差し出す。
「じゃん、けん、ぽん」
今度はこちらがチョキで買った。
宝探しをしよう。
美星がそう言い出した。
学校のどこかにあるはずの機材を探せ。そういうことだった。
しまった場所が分からないとは、地学全般を扱っていた頃からこの部は相当緩かったらしい。
ゆっくりでいいよ、あるかどうかもわからないし。
美星を含む三人の先輩の心細い言葉から、本当に宝探しでもする程度の軽いノリで機材探しが始まった。
手分けして探そうということで、オレは手近にいた江戸川と組んだ。
今日も例のごとく写真部ではなくこちらに来ていた。人事ながら大丈夫なのだろうか。
江戸川は当然小夜先輩と組みたがったが小夜先輩は当然美星係なので致し方ない。
蒔田さんは何事かうめきながら部長に連行されていた。部長が突然倒れたりしていなければいいが。
「チ・ヨ・コ・レ・イ・ト」
夏にはいささか暑苦しい単語を一文字ずつ唱えるのと同時に階段を昇る。
江戸川の突然の提案だった。懐かしいだろ、やってみようぜ。
小さい頃、子供心にこの遊びが不思議でならなかった。
グーの「グリコ」だけ固有名だしパーの「パイナップル」だけお菓子じゃない。三つの単語には「甘い」以外に何か共通点があるのだろうかと。
今になってみれば単純な語呂だと思えるが、昔のオレは相当こだわっていた。
普通、逆だろう。どうでもいいことだが。
「じゃん、けん、ぽん」
昇りきると、またじゃんけんをした。パーで江戸川が勝つ。
「パ・イ・ナ・ツ・プ・ル」
ル、で足を止め、ふと江戸川が考え込むようにする。
「……大八木、パイナツプルって、アレだな」
「何だ?」
「パイ・夏・ぷる」
人指し指を立て大真面目な顔でそんなことを言うものだから脱力してしまった。
「お前ホント、水着のお姉さん好きな」
「当然! そのために入った写真部だ!」
「なら天文部で油売ってないでちゃんと向こう出ろよ」
「朔ちゃんのいけず!」
「朔ちゃん言うな」
江戸川はすぐにへらりと笑って拳を差し出した。
「早く追い付けよお」
次の勝負も江戸川が勝った。グ、リ、コと三段階段を昇る。
「教材室に着くまで何分かかるんだか……」
「甘いぜ大八木! 着いたとしてそこで見付かって決着とは限らない!」
江戸川は小さい体の全てを使って無駄に勝ち誇ったポーズを決めている。
「ならこんな回りくどいことはとっととやめてしまおう」
「えー、ここまで来たら二人で四階着くまでやろうぜ」
ほら、という声に反射的に手を出す。オレが勝つ。
まるで自分のことのように「よし」と江戸川がガッツポーズを作る。
「パ・イ・ナ・ツ・プ・ル」
江戸川目がけて階段を昇りながら三つのうち唯一の果物の名を呟くと、今更のように喉の渇きが思い出された。







宙のまにまにに萌えてる人誰かおらんかーーーー!
20070807→20071012 サルベージ