胸辺りに振動を感じた。自分の乗っている布団が確実に揺れている。地震かと思ったが、電気の紐は揺れていない。 タオルケットをめくると、不快な音が耳を圧迫する。音の発生源を探り当てると、数字のみが並んでいる。 「……誰だよ」 放っておけば切れるだろう。そう高をくくっていたのに、一向に携帯の震えが治まる気配はない。 ……まあ、間違いなら切ればいいだろう。 「はい」 「あー、お前出るの遅ぇーよ!」 「あー……すんません、誰?」 通話ボタンを押した途端に、耳に入ってくる少年のものらしき声。新手のオレオレ詐欺だろうか。携帯にかかってくるなんて斬新な。 「それ面白くねーぞ」 「……はい?」 「今日が一日だからって、何でも言えばいいってもんじゃないっての。お前センスないんだよ。……え、まさか本気で言ってる!? ちょ、なにそれ俺泣いていい!?」 なんだか喚きだした。許可を出さなくても騒がしいのなら、最初から聞かないという選択をして欲しかった。 そもそもこれは誰なのだろう。万が一俺が知っている奴だとしても、電話越しだとノイズとか機械を通して少し変わった声とかで、気がつかなくても仕方ないと思うのだが。 「あー、凹む。たかだか何週間か会ってないだけで声も忘れるなんてさ」 何週間か前に会っていて。この喋り方で。俺を「お前」と呼べる立場の人間で。 「間違ってたら悪いんだけど、俺と同い年のピッチャー?」 「うわその前提が腹立つ! 合ってるけど! てゆーかお前、声聞いて悩む前に画面見りゃわかんだろ!」 よかった。とりあえず電話の向こうの人間に人違いという失礼は働かずに済んだ。あとは喚いている電話の相手――鳴をどうやって黙らせたものか。 「わりぃ。登録してなかったんだよ」 「はー? しとけよどーせ使うだろ」 使わないと思ったから登録しなかったのだ。どうせもう二度と連絡を取ることはないだろうと。 「あーでも、いちいち電話とかしないか」 「え」 自分から言っといて何を。そう抗議しようと口を開きかけたとき、認識しがたい言葉が耳に飛び込んできた。 「野球やってりゃ会うだろうしさ」 「……」 「ってそういう話はどーでもいーんだよ! お前今暇だろ? 暇だよな。今からちょっと出てこいよ」 「暇じゃない」 ぼーっとしているのに忙しかったのだ。たまたま今この電話に妨害されているだけで。 「面白くないってば!」 そういえば今日はエイプリルフールなのだったか。ならこいつ自身の発言にだって信憑性はないわけで(さっきの言葉だってそうだ。だとしたらとんだ茶番だ)。 「待ち合わせが俺んちならいーよ」 「ひでー。お前俺のことどーいう奴だと思ってんの」 「そーゆー奴だと思ってる」 お互い正直なのがとりえでしょ、と言ってやると、なら信じてよと鳴がくすくす笑う。 「じゃあ鳴、おやすみ」 「おやっ……ええ!?」 「お前に叩き起こされて眠いんだよ」 「起きろ! へばるな!」 そんな熱血っぽく言われても、眠い。鳴の声が段々意識から遠ざかっていく。フェードアウトしてしまったら、この先その声を聞くことはないだろう。 「もうちょい起きてろって!」 「んー……」 「お前もう寮入っちゃうんだろ?」 何故だか、鳴の声が若干鮮明になった気がする。 「だから、その前に少しはさ、」 「面白くねーっての……」 「かずや!」 相手の台詞をパクってやると、ついにブチ切れた。また少し、その声は鮮明になる。まるで俺への嫌がらせのように。 やめて欲しい。耳にこびりついて、離れなくなる。 「一也、お前ちょっと下見てみろよ」 そんな、今までで一番クリアな声は、窓の外から聞こえた。 2009/04/16 |