警報が出たというので、妙なところで仕事の速い学校は、二時間目開始早々に授業の切り上げを全校に 告げた。これ幸いとばかりに、三年生たちは各々の予備校へと散っていく。
 進学校を謳うだけあって、新城東和学園は、 年度の最初の数ヶ月を過ぎると学校を三年主体に動かしている節がある。悪い言い方をすれば進学率を稼ぐ金の卵、学校側が手厚く待遇するのも不思議ではなかった。
 が、下級生の中には不満を抱く者もいる。放送が入るなり舌打ちした一至もその一人だ。
 こういうときは、完全に学校が閉鎖される。
 つまり、部活が出来ない。
 ただでさえ苛立っていた一至を、さらに苛立たせることが起きた。
 駅に着くや否や、空がからりと晴れ上がってしまったのだ。
 一至は照り付ける太陽を睨みつける。濡れたアスファルトと靴が擦れて音が鳴った。それがまるでバッシュの立てる音のようで、一至はそう思った自分を呪った。
 バスケがこんなにも中毒性が高いとは思わなかった。バッシュの音が聞こえたら次はチームメイトの掛け声。次々に試合の様子が再生される。最後には、ボールがリングをくぐる音。
 いつから脳髄までバスケ漬けになってしまったのだろうかと思案する。
 決してそれはいやなことではなかった。
 ただ、なんとなくあの男に乗せられている気がするだけだ。
「一至?」
 冷水を浴びせられた気がした。
 意識に入り込んできたその声は、今しがた思い浮かべた、自分がこの世界に入るきっかけとなった人物のもの。
 ――正直、空気を読んで欲しいと思った。
「雨宿りか?」
「学校出てくる時点で降ってたんだから雨宿りもなんもねーだろ」
「ん。そーだな」
 高橋のすっとぼけた物言いに律儀に突っ込むあたり、一至も随分と丸くなった。もっとも、それすらも原因はこの男かもしれない。
「上がっちゃったな」
「……」
 残念そうに言いながら、顔はどこかすがすがしい。表情から真意を読み取れない彼は試合のたびに相手(ときに、味方も)を苦しめているが、私生活でもそうなのだから難儀なものだ。
「誰か待ってんのか?」
「は?」
「ずっとそこにいたろ」
「……別に」
「なら、もう帰ろうぜ」
 言いながら、高橋の体はもう券売機に向かっている。
「ほら」
 切符を差し出され、意味を測りあぐねていると、出してやると高橋が笑った。受け取ると、その額面は思いがけないものだった。
「あんた、これ」
 高橋の姿は既に改札の中に消えていた。慌てて自分も改札をくぐる。
「んー? どうした?」
「これ、間違えて買っただろ。気付かなかったのかよ」
 一至の指摘に、高橋はしかし笑って
「立川まで」
 と言い、狙いすましたかのように丁度よく入ってきた電車に、一至の腕を引いて乗り込んだ。
 この男は、最初から、わざと。
「……帰れねーじゃねーかよ」
 むすっとした表情で一至が呟くと、
「俺は帰りたくないけどな」
 すました顔から返事が出た。

 空は腹立たしいくらい晴れていて、虹さえ出ていた。









春コミ発行の無料配布本でした。
オフライン仕様できっちり一字下げがしてあります(笑)。地の文少ないからとてもかっこ悪いことに。
高橋×一至大好きですうへへへ

2006/11/05→2007/03/18発行→2007/04/10up