ワンダーランド。ジュネスをそう呼んだのは、一条だったか。
そのなんとなく子供に好かれそうな呼び名のとおり、ここには子供がたくさん集まる。そして、たくさんはぐれる。
遊園地でもない所詮はスーパーなので、はぐれた人の呼び出しはすれど、一人の子を見つけたときにできるのは迷子センターなんて大層なもんじゃなく、店員の詰め所の横に預かっておくくらいだった。
子供の扱いが上手いかと聞かれれば全肯定はし難いが、クマとのことを見ていればわかるように陽介は基本的に面倒見がいい。親とはぐれた子供の要領を得ない話に辛抱強く耳を傾けているのを何度か見たことがある。
ただ、たまにいる妙に冷静な子供が自分から訪ねてくるのにはほとほと手を焼いていたが。
「――おじゃま、します」
細い声に、思わず音を立てて立ち上がった。よりによって、正規のバイトですらない俺しかいないときに。また「冷静迷子」か。となれば、後ろから陽介が入ってくるはずだ。混み始めて一レジ二人体制になり手薄になったフロアを埋めるために、急遽残業を半強制的に命じられていたから。十五分だけ、とか言って。その時間もそろそろ終わるはずだが。
だが、一向に陽介は姿を見せない。
(俺の勤務時間は、終わってるんだけどな)
とりあえず所在なさげにしている子供に声をかけると、案の定迷子だと言った。
派手な色合いの服に、ヤンキーの親に染められたのか、茶髪。あーあー、まだ小さいのに、可哀想に。と、ここまではよくあることだったが、その子のある持ち物にぎょっとした。
どこかで見た、赤とオレンジのヘッドフォン。
「……陽介?」
思わずぽろりと出た名前に、子供がぴく、と反応する。え、ちょっと、これは。
「おれの名前、知ってるの?」
頭を抱えたくなった。まさか。落ち着け、自分。他人の空似の範囲内だ。
だが悲しいかな、Tシャツには鳥が三羽飛んでるわ、目は若干垂れてるわ、髪は元気よくあちこちに跳ねてるわ、空似とか誤差とか言えないレベルで子供は陽介の要素満載だった。
認めたくない。認めたら負けな気がする。が。
(どう見ても、陽介だよなあ)
テレビの中に入ったり、クマと会ったり、もう自分の胆は大概のことでは驚かないと思っていたけれど、やはりこれは流石に驚く。
「お兄さん、具合悪い?」
子供が心配そうに見上げてくる。具合はごくごく良好だが、その顔に参ってしまいそうだ。
深い情だとか、それを見せてくるのは少し遠くからなところだとか、陽介にそっくりすぎた。
いや、そのものなのだろう。汝は我、我は汝って。俺じゃないけど。
大丈夫だ、と陽介(仮)の頭を撫でてやると、ほっとしたように笑った。自分の方が迷子で困ってるはずなのに。
「陽介くんいる?」
ドアが開いて、混雑した店内と不釣合いなスーツの社員が入ってくる。
まさかこの陽介に迎えが、と思ったが、すぐに「いないなあ」と言ったので、探しているのは本来の姿の方なのだろう。
「悪いけど、陽介くん見かけたら、もう上がっていいよって伝えといてくれる?」
はいと頷くと、社員は忙しそうに出て行った。
「おれのこと?」
可愛らしく自分を指差して陽介が言う。そうだけど絶対に違うので首を横に振って答え、気になっていたことを聞く。
「陽介、俺のこと覚えてない?」
「え」
大きな目を丸くして、陽介がこちらの顔をじっと見つめる。そのまま、表情が曇る。
やっぱ、覚えてないか。仕方ない。想定の範囲。
「んー……、思い出せない」
眉根を寄せながらうんうん唸って、最後に申し訳なさそうな顔になった。だからお前は何歳なんだと。
「あ……」
「ん?」
「……こころのとも」
「っ!」
背中に電気が走ったかと思った。懐かしい響き。当のチビ介は、言ってしまってから、クエスチョンマークを浮かべている。
「ごめん。名前思い出せない。でもおれは、お前を知ってるよ」
お兄さんから、お前になった。少しずつ、だけど確かに俺のことを思い出してくれているみたいだ。
「……陽介」
身体を近くに寄せかけ、はっとしてやめた。陽介が不思議そうにしているのに構わず、辺りを見回す。
防犯カメラ、なし。
「どしたの、」
陽介がそれ以上の言葉を喋る前に、小さな唇にキスをした。一応子供相手だから、一瞬だけ。
嫌がるかな、と思ったら、盛大に蕩けた目をしていた。子供がしちゃいけないだろそのエロ顔。
「……」
「ねえ」
「……ん、ああ。なに?」
「つづきは?」
自分の中の何かがハジけた。おそらくは、子供は大事にしよう回路とか、その辺が。
「アホかこのエロガキが」とどつきまわしたい衝動に駆られたが、あふれ出る寛容さで必死に我慢。
「お前が俺のこと全部思い出して、元に戻ったらね」
「元?」
首を傾げる陽介をスルーして、椅子を片付ける。もういい時間だ。陽介の親には適当に連絡して、うちに匿おう。そして、明日にでも元に戻る方法を考えればいい。
あらゆる怪奇現象の集うテレビの中なら或いは、見つかるかもしれない。そもそも元凶がテレビだったりして。些か楽観的過ぎるかもしれないが、そうでもなければやっていられない。
「今日は俺んち、泊まんな」
「いいの? わーい!」
菜々子ばりの無邪気さではしゃぐ陽介の手を取り、こっそり鞄を探る。タイムカードは入ってなかったから、申し訳ないがサービス残業にしてもらおう。
許せ陽介。だが俺だって無駄に拘束されてたわけだし、15分労働の200円と引き換えに避難場所が与えられるなら、安いもんだろう。
アミダで「ショタ」というお題を引き当てました。
ショタという響きからして「らめええええ!」な路線を求められてるのかなあとうっすら思いましたが私の力では無理でした。
ちっちゃい頃都会で会ってたよネタにしようかなとも思ったけど自重した。でもいつか書きたい。
幼介!幼介!
これ書いてから倶楽部にて陽介の時給がもっと低いと判明しましたがキニシナイ!
2008/12/06→2009/03/27up