綿棒、マキロン、ガーゼ。
往々にして運動部は生傷が絶えない。
名門青道野球部のハードな練習ともなれば尚更だ。
そんなわけで、部室には救急箱の他に、誰かが置いていった治療用具が常備されている。
尤も、消費も激しいのでいたちごっこなのが現状だが。
一番人気の絆創膏は、真ん中のベンチに鎮座している。
「取ってー」
「ん」
「あ、待って俺も欲しい」
もともと減る量は多かったが、この日はさらに消費が早い。
次々に伸びる手に、半分ほど残っていた中身がみるみるうちに減らされていく。
「ラス1、貰うぜ」
響く声で断り御幸の指が最後の一枚をするりと摘み上げ、空になった箱を一年生が捨てに行く。
横で見ていた沢村が、訝しげな目を御幸に向けた。
どういうわけだか、御幸はあまり怪我をしない。本人の運か、はたまた悪い神様にでも憑かれているか。
自分が分かる範囲では今日もない。ないはずだったが、やはり誰かに渡すという素振りもなく御幸は裏紙を剥がしている。
絆創膏程度で済む傷ならしょっちゅう作っているのだろうか。
「アンタ、怪我なんかしてました?」
「んー? 別に」
やはり、怪我はしていなかった。だが御幸の手は絆創膏を持ったまま、ユニフォームを脱いだ上半身、胸元へと伸びる。
無論服で隠れている部分であるし、捕手の彼は防具を付けている分、余計に傷はつきにくいはずだ。
何故。頭をぐるりと巡らせ、沢村はひとつの可能性に行き当たる。
気づいてしまった瞬間、恐慌に陥った沢村はよろけて救急箱をぶちまけた。高い金属音に周囲の人間が身を竦ませる。
「あ、アンタ」
「ん?」
真っ赤になって口をぱくぱくさせる沢村に御幸は不思議そうな目を向けるだけで、それどころか「早くそれ片せよ」と暢気極まりない言葉を投げてくる。
まさかこの男は、この期に及んで状況が分からないなどと言うつもりではないだろうか。
「それ……!」
怪我でなくとも、痕が残ることはある。それをすっかり失念していた。
おそらく御幸が絆創膏を貼ったのは傷ではない痕の上で、沢村はその痕にありすぎるほど身に覚えがあった。
絆創膏の貼られた胸を指差すと御幸はああ、となんでもないように呟いた。
「誰にも見せたくねーもん」
「あてつけかよ!!」
「ちげーよ。独り占めしたいってこと」
たまらずに怒鳴ると返ってきたのは殊勝な答えで、思わず沢村は語気を弱める。
「そんなの、とっとと服着ちまえば……」
「うーん……」
御幸は納得行かなさそうに首を捻り、やがて言った。
「これ貼っておいた方が消えづらい気がしねぇ?」
絶句するほかなかった。常々理解できない思考回路だとは思っていたが、よもやこれまでとは。
消えづらそうだなんて、そもそも絆創膏は傷の回復を早めるためのもので、でも内出血にはどうなんだろう、などと考えているうちに沢村は突っ込む機会を失った。
「後生大事にってヤツ?」
にこりと笑って、御幸が隠れた痕を愛おしそうに撫でた。






2007/08/30