寒さに身を縮こまらせながら歩く。透き通った冬の空気は少し肌に痛い。手がまるで切れてるみたいだ。
 霧は晴れ、道に蹲る人も減った。もう怯えなくていいのだと思うと、この寒さも少し我慢できる気がした。いつもの通学路。所々霜が降りている。
 明るい茶髪が目に入り、心臓が跳ねた。ちらりと見ただけで判別できるようになってしまった、大切な親友。で恋人。
 近づいて見た陽介の顔は、事件中の不安な顔なんてメじゃないくらいぶすっとしていた。
「あ……おう堂島」
 こちらに気付いて声をかけてくるものの、なんだか上の空。
「おはよ。具合悪い?」
「や、違くて」
 不機嫌を悟られてばつが悪いのか、陽介はぼそぼそと話し始めた。
「これ、さ」
 これ、と軽く引っ張って示したのはマフラー。どんなに寒くても制服の上に防寒具を着けているのを見たことがなかったから、少し驚いた。
 クリーム色の地に、久保のダンジョンみたいなドット調の動物の刺繍が入っている。
「いいな、それ。新しく買ったの?」
「……ジュネスブランドだよ。服屋の店員でもねーのに、広告塔代わりにしやがって」
「へえ」
 制服のインナーもジュネスのだから、案外好きなのかと思っていたけれど。
 首とマフラーの境目に触れてみた。温かかった。
「うわっ! お前、手ぇ冷たっ!」
「温かいな」
「いろんな意味でびびんだろ……」
「お前、恥ずかしいこと言うね」
「恥ずかしいことしてんのはお前だろ」
 心の準備をしてないときに素直に照れられると、結構危ない。少しは自分の可愛さを自覚してセーブしてもらいたいものだ。
「ふかふか。素材何?」
「ん、アルパカとか言ってた」
「あー、前に地理の教科書で見たかも。首長くてもふもふのだろ」
 ああいう動物の毛はそれなりにお高いはずだ。ジュネス、高級路線にも手を出し始めたのだろうか。
「お前、よく覚えてんなあ。オレそれ聞いても思い出せねえわ」
「陽介の教科書異様に綺麗だもんな」
 どうせ大して触りませんよー、と陽介が伸びをする。冷気で固まった身体をほぐすため、自分もそれに倣う。
「人、いねえな」
「ん。……早く起きすぎた?」
「お前も?」
「うん」
 田舎だとか過疎化だとか関係なしに、ぽつぽつとしか人がいない。
 元に戻った世界を早く確かめたくて、目に焼き付けたくて、ここのところやけに意識が冴えてしまう。
「……あ、曲がった」
「ん?」
「サラリーマン。……見て、俺たちしかいないよ」
「……ホントだ」
 くるくると辺りを見回して、空を見上げる。その視線を追うと、真っ白い曇り空の切れ間から、眩い太陽が見えた。
 目を細める陽介は、すごく綺麗だ。
「……っ、寒っ!」
「俺も寒い。それ貸して」
「え? や、ムリ! 巻いてんのやだけど今は手放したくない!」
「わかってる。だからさ」
 疑問符を浮かべる陽介のマフラーを少し解く。あ、と声が上がる。
 文句を言い出される前に、解いたほうの端を自分の首に巻きつけた。
「……温かい」
「何してんだよお前は」
「だからちゃんと、あの人が曲がるの見たよ」
「ずっと狙ってたんかよ……」
 そう言ったきり、陽介は首をすくめて黙り込んでしまった。ため息が白く、広がった。
「こうするの自体は、やじゃない?」
「……やる前に聞けよな」
 見開いた目は、すぐに逸らされてしまった。寒さで赤い頬が、まるで。
「ちょ、堂島!?」
 強引に木の影に引き込んで、ぎゅっとした。掴んだ腕が、密着した胸が、繋がった首が。触れるところ全部から、熱が溶け合う。
「……ごめん。もう少しだけ」
「外ですることじゃねーだろ……」
「じゃあ、今日学校終わったら俺ん家」
 言い終わらないうちに頷かれて思わずガッツポーズ作ったら、脛に蹴りが飛んできた。









アルパカっていいよね→アルパカ製品もよさげだね→あったかそうだね→冬の装いの陽介はいいものだね→マフラー分けっこ描いてくださいよグヘヘむしろ私も書きます
という流れからの産物
2008/11/30→2009/03/27up