「うわこれ薄っ」
ジャグから出したスポドリを飲むなり、御幸が素っ頓狂な声を出した。
耳を塞ぎつつ、心の中で同情はしてやる。もはや電解質補給のための飲料というより、理科の水溶液というべき薄さだ。化学でないところがミソ。
「それ吉川の前で言うなよ。水ドバって出て本気で落ち込んでたから」
「ああそれは責めらんねーわ」
同じように薄いスポドリを啜りつつ釘を刺した。さすがの御幸もマネージャーに文句を言うつもりはないらしい。というより、こいつは志を同じくする者に対してはほんの少し態度が軟化する。それも違うか。はたから見れば、猫被って当たり障りなく接している時のこいつの方が柔らかいかもしれない。
「……暑ぃな」
じりじりと音が聞こえそうだ。比喩抜きに首が焼けていく感覚。この夏が終わったら、またクラスの連中に野球部焼けを笑われるのだろう。
御幸は特に暑そうにはしていなかった。必要に駆られたポーカーフェイスというよりは、気が緩んで表情が抜け落ちているような。逆に言えば、結構参っているのかもしれない。あくまでこいつなりに、だが。その無表情のままで、爆弾を落とした。
「体液ってこんなんなのかな」
「あ」
やめろ何を言い出す。今まさにそれを飲んでいる人間の目の前で言うことがそれか。体に近い水とはいうが、体液などと表現されると気色悪いことこの上ない。
「微妙な味で、ぬるくて」
なおも続けながら、こくこくとそれを飲み続けるこいつの思考回路をいっぺん覗いてみたい。いやいい、こっちまで気がおかしくなりそうだ。
「時とモノによるんじゃねえの」
投げやりに答えると、ゆるりと御幸の首がこちらを向いた。
そして、呼吸みたいに、吐き出す。
「俺、お前の汗なら舐めてみたい」
「きっも!」
全力で罵倒してから、暴れる脈拍を抑えるのに必死だった。だって、あんなのまるで、告白だ。
何がおかしいのか、御幸はけたけたと笑いだす。それで、ああ、捕手の顔に戻るのだ、と思った。中身を飲み乾したコップを乱雑に伏せ、御幸はグラウンドに戻っていく。その背中を、睨む。
時とモノによるとは、我ながら上手いことを言ったものだ。如何なる場面にも応用が効くという意味で。
正直に言えば、相手の一部を飲みたいという欲求は、自分の中にも存在していたのだ。体液というくくりにすると抵抗があるし、ある意味それよりも性質が悪いかもしれないけれど。
俺は、あいつの涙を飲んでみたい。
実現の可能性が限りなくゼロに等しい、馬鹿馬鹿しい考えだった。笑えもしない。
それでも、もしもあいつが涙を流して、その一滴が与えられたなら。
栄養にも薬にもなりはしないだろうけれど、毒くらいにはなるだろう。






2014/02/01