不愉快ではないまでも不本意だ。
それが抱いた感想であり、それは彼にしても同じことだろう。ただし自分は笑っていて、彼は不機嫌そうだった。
「俺たちのどこが似てるって?」
匂わす程度に言われたことは僅かにあれど、はっきりと口にされたのは初めてだった。なので、興味深い。
他人の目から見て、御幸一也と成宮鳴がどう似ているのかは。










ねじれの位置(御幸一也の場合)


発言するなら根拠を示せ。
そういう考えに至った経緯は何だ。
つまり、何を持って二人を似ていると、そう思ったのか。不可解で仕方がなかったから、そこははっきりさせておきたい。
「俺たちのどこが似てるって?」
「どこって言われると……」
 聞くと、途端に相手は口ごもった。
「何がどう似てんの?」
 重ねて鳴も訊ねる。勢い込んでというか、ほぼ詰問口調だったので、余計にクラスメイトはたじろぐ。心中で舌打ちし、鳴、と短く窘め首根っこを掴む。
「なんだよ」
「脅すな」
 一也は目線を言いだしっぺに戻す。
 これからが面白いのに。多分。
「ねぇねぇ」
(どんな七変化だ)
 今度は瞳キラキラモードで鳴がせがむ。先程の態度を引きずって相手はまだ怯えていたが、残念なことにどちらも鳴の素だ。こいつの一喜一憂なんて天気より変わりやすい、と一也は思っている。
「な、教えてよ」
 相手を刺激しないように、けれど逃げられないように畳み掛ける。四つの瞳に見つめられ、クラスメイトは身体を小さく揺らしながら「えと、うーん」を繰り返していたが、やがてごめんと俯いた。
「なんだよ、期待させといて」
 なんとなく、程度のことでしかなかったのだろうか。
それか、物凄く言い辛いことか(散々引っ張って「小さい」とかなら相手を殴れる自信があった)。
「そーだよ使えねーな」
「お前、使えねーまで言うか」
「――歯に衣着せぬ物言いとかさ」
「あーな」
 やっと吐いた。ついさっきまで過剰なほど着せていた自覚があったが、頷く。やはり、後者か。
こいつの言うとおり、駆け引きの最中でもなければ、自分のそれも鳴と似たようなものだ。誰かさん曰く、喧嘩を売っているとか、なんとか(今日も傷が痛む)。
――でも、まだ何かある。
納得できるけどなんだかなあ、という鳴の顔と、吐き出して安心していていいはずなのにまだおどおどしている相手の顔を交互に見る。
「本当は?」
「えっ」
「なんだよ本当って」
 図星ですと言っているようなものだ。それくらいあからさまにびくりと震えた。しばらく逡巡していたがやがて煙に巻くことを諦めて、相手が呟いた。
「魂が同じ、みたいな」
「……あー」
本命は前者か。確かに、小さなパーツでなく、なんとなくで捉えられる方が、全体の骨格は似ているのだろう。
「えーっ! 何言っちゃってんの!? 大丈夫!?」と鳴は言ったが、なるほど的を射ている。
鳴の思考や行動なら、容易にトレースできる。それは積み重なった知識よりはむしろ、感覚によるものだ。
 別々の人間だけれど、同じ生き物というならそうなのだろう、と信じてしまうくらいには自分と鳴は近い。
「うん……そうだな、そっか」
ただ、二人の間には決定的な断絶がある。多分、平行線すらたどれないくらいに。
鳴という人間を写し取るのと同じ、本能みたいなところで確信していながら、一也は口をつぐんでいた。







夕景(成宮鳴の場合)


「あ」
呟いた声を耳が感知したときにはもう、ボールは随分遠くへ転がっていた。
わり、と小さく手を合わせて、軽く走る。その直線上、水場に一也が見えた。
「よ」
 すぐにこちらに気付いて、一也は顔を上げた。私服姿。一也の足下に落ちたボールを拾う。
「お前どうしたの?」
 二分の一拍を置き、
「提出するプリント持ってきた」
「ふうん」
 それだけじゃないと、わかった。
何か隠している。ズボンはたくし上げられており、鞄の膨らみ方は奇妙で。そもそも歩くでもなく、なぜここに佇んでいたのか。職員室はもっと奥だ。
じっと顔を覗き込んでいるとはぐらかされそうで、目を逸らした。逸らした先に、時計があった。今日の練習はあと十分そこそこ。
「待ってろよ」
一也は口を開きかけ、閉じて、曖昧に頷いた。
思い出したような、問いが来た。
「今度の日曜試合だっけ」
「出るよ」
 眉が一瞬ピクリと動き、しかしそれほど驚いた風もなく「すげェな、頑張れよ」と歯を剥き出した。
 そこにいろと念押しして、同級生のもとに戻った。
 横目で一也を伺うと、ぼーっとこちらを見ていたり、足下に目を落としたりを繰り返していた。
 やがて、裾をたくし上げた方の脚に、水を掛け出した。
 一点を見つめて、ひたすらに水を掛け続ける。
 勢いよく溢れ続けていた水の勢いを緩め、やっと一也が蛇口を止めるころ、部活も終わった。
「お待たせ」
 隠さずに、一也は脚を晒していた。
 脚、といよりも――傷、を。
野球をやっていてできた傷ではない。いや、ある意味で確かに、野球をやっていてできた傷、か。
まだ濡れたそこから、消毒液の色と血の色が混じって流れていく。
「痛い?」
「これが痛くないように見える?」
傷口に触れてみた。僅かに「いっ」と悲鳴を上げ、一也がこちらを睨む。
「大変だね、ユーシューだと」
 お互い、とは口に出さない。おそらく鳴と一也では抱える苦労の種類が違うだろうから。
「そーなのよ、親にもいらん心配かけるし」
 苦笑しながら、鞄の奇妙な歪みから、手当てに使う一式を出す。
 日頃から気まぐれでやりたい放題ではあるが、一也は人との繋がりをそれなりに――とても大切にしている。
けれどそんな彼がいつからか他者に望むこと、求めることをやめた。諦めている。その傷も。
ただ、それを壁と思ったことはないだろう。少し羨ましくもあり、とても悲しい。悔しい、かはわからない。
「一也ぁ」
「何?」
「あちィ。アイス食いたい」
「はいはいごめんねすぐ終わるから」
 話題を変えたかった。意図に一也が気づいたかどうかは知らないが、どちらでもいい。一也の対応は変わらないだろう。
「お待たせ。今度こそ終わり」
 傷をガーゼで白く覆い、一也が顔を上げた。
「その格好で店入るのはやめてくれ」
「なんで」
 駄菓子屋の前で制止を食らった。その格好というなら一也の方がひどい。傷に触れないように上げっぱなしのズボンから見える手当ての跡。詮索してください、と言っているようなものだ。
「見つかるとチクられるだろ。PTAうっさいじゃん」
 鳴は校名の入ったユニフォームだ。
「俺スイカバーな」
 お金を渡しながらリクエストすると、ゼータクもん、と一也が笑った。すぐに店から出てくる。一也は今日もガリガリ君だ。
「『一也の癖に生意気』って?」
 水色のアイスを銜えたままで一也が振り返る。汗ばんだ首が夕映えで染まっている。
「そ。ジャイアンなのあの人たち」
「でもさぁ、一也」
「ん」
「お前は一度痛い思いをした方がいいと思う」
「ははっ。俺も同感」
 口の中でチョコレートの種が弾ける。手に赤が、一也の血より人工的な、ピンクっぽい赤が滴る。
 あ、と何かを思いついたように一也が呟く。
「二つ目だな」
「何」
「共通点。わかりやすいやつ」
「……それ、共通点って言う?」
「わかんね」
能天気そうに一也が笑う。
まだ、暑い。






2008/05/04