カシャ。
 音の出所は小さなデジカメである。
 思わずそちらを振り向いてしまったが、カメラ目線にはなっていないだろう。それに、こんな写真でカメラ目線などしたくない。
 御幸の腰をホールドしていた沢村がのそりと立ち上がり、神妙な顔付きでデジカメを取りに行く。画面を見た沢村の表情に、ありありと落胆の色が浮かんだ。
「……何だったの」
 ちょっと実験したいからこの姿勢で写真撮らせてくれ、と沢村が言ってきたのが少し前。それ以上には何の説明もされていない。
「……俺が求めていたのはこれじゃない」
 御幸は自分のこめかみに青筋が浮くのを感じた。願いを聞き入れてやったのに、今度はその結果が気に入らないと来た。
「あっ、違くて!」
 怒気が伝わったのか、沢村は慌てて手をぶんぶんと振った。そして、持っていたデジカメを差し出してくる。
「……これがどうしたって?」
 座る御幸の背に沢村が覆い被さり、腰に腕を回している写真が表示されている。目線がカメラから外れていたことに、御幸は少しだけほっとした。
「親におんぶをせがんでる子供みてえ」
 しゅんとした調子で、沢村が呟く。言わんとすることがわかって、怒る気が失せてしまう。恋人らしさがもっと欲しいのだという可愛い願いに、口元がほころんだ。
「俺としてはもっとこう……すっぽり感が欲しいというか」
「十年早ぇ」
 ぴしゃりと言ってやると、沢村がう、と口ごもった。今の体格差ではすっぽりという想像はかなり難しい。本人もそれはわかっているのだろう。
「今の倍くらい飯食ってから言うんだな。それに、あんま遅くまで練習してねぇで、とっとと寝れば背も伸びるんじゃねえの」
 ついでだから説教もしてみた。どうにも沢村は根を詰め過ぎるきらいがある。降谷と張り合っているものだから、なおさらだ。
「……飯から考えます。寝ろってのは聞かなかった方向で」
「人の言うこと聞かねえの、悪い癖だぞ」
 ついに沢村が手を使って物理的に耳を塞いだので、御幸はその隙にデジカメを拾う。そして、今撮られたばかりの写真を消した。
「あー! アンタ何やってんだ!」
「問題あった? 求めていたのはこれじゃないんだろ?」
「うー……でも、折角撮ったのに……」
「ったく、『折角』デジカメ持ってんなら、フォームのチェックとかに使えよな」
 そう言って立ち上がると、条件反射のように沢村の目が期待で輝きだす。
 その姿は散歩を待つ犬か、やはり母親に懐く子供そのものだった。






2010/09/20