「むかつくナー」
 不穏だ、と千葉は思った。
 常盤時貴は、この後輩を褒めるのは非常に癪だが、モテる。
 その容姿であったり、バスケの実力であったり、――そういえば、バンドマンらしい――とにかく女の子に好かれる要素満載の男なのだろう。よく囲まれているのを見る。
もちろん、一番はその柔らかい物腰……なのだが、今この状態を見ればお世辞にもそんなことは言えない。不機嫌を隠そうともせず、声はドスの利いた、と形容できるくらいには低められている。
「そろそろ機嫌直せ。周り見てんぞ」
「……スイマセン」
 こちらを向いた常盤から、ふっと力が抜ける。目だけは、依然としてぎらぎらと光り殺気立っている。
「駄目ですネ。頭に血が上っちゃって」
 長めの髪をくしゃくしゃとかき混ぜながら常盤が呟く。そうして、再び顔を前に向けしばらく歩いていたが、左目だけでちら、と千葉を伺い
「千葉さんは、平気なんですか」
「は」
 ごくさりげなく、しかし視線はぴたりと目標を捕らえ、放さない。
 ポイントガードというポジションゆえか、むしろこの気質ゆえのポジションか、と鶏と卵のような実にならないようなことを考えながら、千葉は質問の意味を量ろうとする。しかし、常盤はそんな手間を取らせなかった。
「ああいう時って、いつも怒るのは千葉さんの方じゃないですか。今日は冷静なんだな、と思って」
「ああ」
 やっと千葉は得心したように頷く。
「怒ってたのはそのことかよ。やっぱりな」
 先ほどまで、二人で自分の学校のものではない体育館にいた。偵察である。
 試合を行った二校の片割れは、ラフプレーが目立つという、悪い意味で有名な学校だった。
 だから、多少のことは予想できた。――が、今回はひどいのが一人いた。
 思えば、常盤は最初からこの調子だったのだ。よくよく考えると手摺を指でこつこつ叩いていたり、小さく舌打ちをしたりと行儀の悪いことこの上なかった。まるで弟を見ているようだ。
件の問題児は最後におおよそスポーツマンらしくない台詞を吐きつまみ出されたが、視界からいなくなることによって常盤の腹の虫が収まるわけもなく。それで、今に至る。
「キャプテン、だからかな」
「は?」
 先ほどの問いに答えを投げてやれば、今度は常盤の方がきょとんとした表情になる。
「横でエースがブチ切れてんのに俺が冷静でなくてどうすんだ」
 今度は常盤の声は返らない。代わりに、口をあんぐり開けて呆けている。そのまま渋谷方面のホームに向かおうとするものだから、首根っこを捕まえて軌道修正してやった。――人をなんだと思っているのだ、失礼な野郎め。
 ホームに立つと、程無くして電車が来た。
「各駅でいいですよネ。俺しんどくて。年かナ」
「俺より若い奴が何言ってやがんだ」
 自分も、座れるのは有り難いので乗り込む。そうして落ち着いたところで、中断された考えをまた始める。
 不思議なのはこちらの方だった。感情を乱す常盤など、普段お目にかかれるものではない。しかし考えても埒が明きそうにないので、この気分屋の本気の片鱗とでも思っておこうか。キャプテンたるもの、ポジティブシンキングだ。
「千葉さん、赤レンガ行きまショ」
「は?」
「赤レンガ。俺、欲しい物あるんですよネ」
「……買ってやれねェぞ」
「分かってますから言わなくていいですヨ。ムードの無い人だなァ」
 けらけらと笑う姿はすっかりいつも通りで、千葉はこの読めない後輩に、したばかりの決意を早々に挫かれそうになった。









これも春コミで配りました。
最後がとても急ぎ足なのを見てもわかるように、6pという自分で決めた縛りに首を絞められました。
常盤が大栄を喰うのまだですかー

2007/02/06→2007/03/18発行→2007/04/10up