雑貨屋のお姉さんがサンタ帽を被っていた。
不機嫌そうだった。
ピザ屋のお兄さんがサンタの服を着ていた。
ヘルメットを被ってバイクに乗っていた。





クリスマス。
正直、何の感慨も沸いてこないけど。










「子供に夢をって言う大人が一番その夢を壊してるじゃねーか」
やや憤慨した様子で、哀川さんがいう。
デートだった。
大学も休みに入り暇を持て余していたところに、哀川さんが現れて、強制連行された。
「ま、ぼくらが抱いてるサンタのイメージもどっかの企業のポスターが元なんですけどね」
「いーたん。テメーが夢みるお子様だとはあたしも思ってないけどさ」
ぐい、と首に手を回される。
近い。
近すぎます哀川さん。
「あたしは笑わないサンタや庶民派なサンタは認めねぇ」
目が笑っていないので、本気で怖い。
怯えるぼくに気付いて、哀川さんはやっと解放してくれた。
ぼくとしては店員の格好がサンタだろうがセーラーだろうがそれはほんの些事だが、
お祭り好きな哀川さんとしては、そこは譲れないポイントらしかった。ノンポリなこの人にしては珍しく。





「さてと、どこかで飯でも食ってくか?」
いつもの真っ赤なコブラ(駐車場で浮きまくりだった)にぼくを乗せ、自分も乗り込んで哀川さんが言う。
「哀川さんに任せますよ」
「あたしはあんまこの辺詳しく無いんだがな……あ、やっぱやめ」
「?」
哀川さんはに、と笑って、
「せっかくのこの日に、あたしがいーたんを独占しちゃあまずいよなあ」
「は?」
「お前を待ってる人がいるだろって事さ」
車が止まる。そこは、城咲のマンションだった。
「玖渚ちゃんと仲良くやれよ。恋人達と聖なる夜に、乾杯」
半ば蹴り出すように車から降ろされ、シャンパンの瓶が放り投げられた。危うく落としそうになる。
「ぼくと玖渚は、そんなんじゃ――」
ないですよ、という言葉はコブラの発車音に掻き消された。
「………………」
一人取り残されたぼく。
突っ立っていても、仕様が無いけれど。
「来るつもりじゃ、無かったんだけどなぁ……」
と、独り言を呟いて。
「まぁ、あいつにクリスマスは関係ないだろうし」
結局、歩みを進めていた。
万年引きこもりの玖渚の事だから、クリスマスだろうが正月だろうが家に居て、機械とにらめっこをしていることだろう。
にらめっこしすぎて、食事も摂っていないかもしれない。
さっきチキンやらサラダやらを買い込んだから、あいつの所に持って行ってやろう。








「友ー。ぼくだ。」
強面のリアル警備員さんの間を抜け、玖渚友の占有するフロア(コードの密林)にたどり着く。
返事は返ってこない。
外出の線はないとして、1.集中している 2.寝ている 3.永遠の眠りについている
さあどれ。
3がありえなくもないのでぞっとするが、取り敢えずその可能性は無視して探検を続ける。
コードの束が疎らになる。
「うにー、あ。いーちゃんやっほー!」
玖渚は意外とあっさり見つかった。
「…………」
停止。
思考回路がこのコードのようにぐちゃぐちゃに絡まる。ショート寸前。
「いーちゃーん。いーちゃんいーちゃんいーちゃんいーちゃんいーちゃーん」
玖渚がブンブンとぼくの目の前で手を振る(どうやらピントは合っている)。青と赤のコントラスト。
赤。
「……ああ、友。よっす」
「えへへ。今日はいーちゃんが来そうな気がしたから僕様ちゃん待ってたんだよ!大当たり!愛の力?」
相変わらずハイテンションに、とても嬉しそうに笑う玖渚。
「これ今日届いたんだよ。似合うー?」
くるりと回ってみせる玖渚。華麗なステップ。
「たっ」
コケた。
ぼくは玖渚を見る。
赤い帽子に赤いワンピース。白いファー。
おお、なんか感動。
伸びていた玖渚がいつのまにか起き上がって、ぶつけたおでこをさすっていた。
「うにー。痛いんだよー」
つぎの瞬間にはもう笑顔に変わっている。
「……うん、やっぱこうでなくちゃ」
「うん?」
「いや、こっちの話」
そう、と言って玖渚はコードジャングルへ入っていく。そしてふと歩みをとめ、振り返った。
「いーちゃん、雪降らそうか?」
「は?」
「僕様ちゃんにかかればちょちょいのちょい!だよ」
この娘、引きこもってそんなプログラムを組んでいたのか。
天才は世のためになるとは限らない。目の前でそれを体現する者がいるのでぼくはそこら辺、良く分かっている。
「いや、やめてくれ。それをこの部屋でやると凍死する」
ただでさえ冷房効きすぎなんだ、この部屋(冬なのに)。
「うーん、わかったんだよ。ねぇいーちゃん、僕様ちゃんお腹すいちゃったよ」
のんびりとした口調で、しかし視線は僕の右手の袋に固定されている。
「じゃあ、すこし早いけど夕飯にするか」
「うんっ!」
「あ、そうだ友」



いけないいけない。
忘れるところだったじゃないか。










「メリークリスマス」













ちいさな頭がこちらを向く。
もちろんとびきりの笑顔で。











「メリークリスマス!」